@ 不思議な隠れ山 御前山登山道の沿革  

 御前山(標高1646)は霊峰御嶽に対する御前立山であり、古くから頂上一帯の巨岩は神の石として
祭事が行われ、
それ故に古代の人々は霊山として崇められたのではないかと伝聞されています。また
人里の何れの方角からも頂上を見ることができない、不思議な?隠れ山″です。
里の古説では「御前
山頂上にある観世音尊像は岐阜城より北方に当たり、晴天に南望すれば岐阜近くを遥かに望み、織田
信長岐阜在城の際、鬼門除けとなし建立したと言う」元来この観世音は晴雨に霊験あって地方民は干
天の際、参拝して雨を乞うるに必ずその効験ありと伝えられています。


A 御前山と自然   

   御前山からの遠望は、東眼前に御嶽山の偉容をはじめ、北方向に北アルプスの諸峰 乗鞍岳、穂高
  岳連峰、西に白山連峰、南は美濃方面が望遠でき
360度の大パノラマとなっています。自然を代表す
  る「御前山」は、森林に恵まれ  清流や新鮮な空気を生みだし、
飛騨の雄大な山並みと春の新緑に
  加えドウダンツツジや石楠花、夏のササユリ、秋には稜線の笹の中にツツジ、
ナナカマド、モミジ類
  など緑と紅葉の配色を見ながら
の登山は、森林のたまものです。


B 御前山と上村ルート表参道 

 上村ルートは、起点の上村白山神社から御前山頂上まで約6,5qあって、人里からの高度差は1200
  もあるため、貴重な植物の垂直分布の姿や多種多様な草木類を見ることができます。
登山道のほとん
  どが平尾根の稜線で、その
道沿いに昔の石像(観音様)が安置され、岩屋、瞑想の岩などの外、景観に
  優れた場所には展望
台や憩いの広場を設けています。


C 花ケ尾渓谷散策と鷹巣岩展望台   

 峠観音御前山登山口(4合目)付近は標高1.000mの森林地帯で、木々の空間の中を花ケ尾渓谷の散
 策ができます。 豊かな緑と清流には岩魚が棲み、大小の滝とせせらぎの音、小鳥のさえずりが一層
 涼しさを感じさせ、訪れる人々 をやさしく包み癒してくれます。
鷹巣岩からの展望は、白山連峰や
 町並みを眺望でき、時には素晴らしい雲海に出会 うこともあります。広域基幹林道から案内看板に
 したがって、森林浴も兼ね散策ができます。

D 花ケ尾渓谷の御滝   

    御滝は、岩樋をすべるように滝壺へ25mほど流れ落ちています。周囲の山腹には立岩や奇岩が点在
  し、四季折々の景色、新緑、紅葉の風景が重なり、神秘的な雰囲気に包まれます。


E 昔の水路跡   

    昔上村は田畑を潤す水の少ない村で、日照りが続くと穀物が不作となり生活に困り果てていました。
  御滝上の奥深い山中で、密かに導水のための水路を造り始めましたが、一度も導水することなく空水
  路敷で終わってしまいました。 現在も掘り割り、岩削り、岩通、石積みなど水路敷跡を見ることが
  できます。


F 上村ルートの観音様 (下方より石像配置箇所)  

 @ 白山地蔵(1合目) 平石で囲み安置されている 白山神社登山口上部

  (安永三午六月日・1774) 

A 傘松観音(2合目)  平石で囲み古木松(枯死)の根元に安置されている

             (弘化四丁末年正月日・1847)

B 谷ごぜん観音[峠観音](4合目)平石で囲み林道峠側に安置されている御前山峠登山口

             (年号刻印なし)

C 鷹巣岩観音(5合目付近) 念岳より移設 鷹巣岩に安置され、眼下に町が一望できる

             (文久三亥・1863)

D 油坂観音(7合目)  石像安置のため運ぶ途中、油汗の出るほど急な坂道で重荷に耐えられず、
             背負っていた観音様を下ろしてしまった場所を油坂と言う

           (弘化三年午正月日・1846)

E        伐採した木材を選んで搬出した場所

           (年号刻印なし)

F 石楠花観音(8合目)  高畑観音を移設、石楠花群生地 後ケ谷路の分岐点

             
(慶應3年・1867)



  G
笛吹岩観音       高さ2m、天端4mの平坦な岩の上で笛を吹き毒蛇を呼び寄せて退治した。
             現在でも近辺は蛇
()が多く生息している

                   (安永二巳十一月日・1773)

  H 焼堂観音(9合目)   焼堂ケ原は平坦地で、晴峰寺遺跡があったと伝聞されている

              (安永二巳十一月日・1773)

  I 猿の鼻観音(頂上付近) 見晴らしの良い岩の上に安置され、猿が番場と言う

              (安永四末十二月日・1775)

J 観世音尊像(頂上)   御前山頂上にある観世音尊像は、岐阜城より正北方に当たり、晴天に登り
              南望すると、岐阜近くを遥かに望むことができ、織田信長岐阜
在城の際、
              鬼門除けとして建立したと伝聞されている

 (永禄10年秋安置・1567)

  K 昭和56年観音講中石像  (下方より石像配置箇所)

・白山神社杜内 ・白山地蔵上部 ・白山洞大くご林道登山口上部 ・牛首(3合目)

・峠観音付近 ・鷹巣岩観音上部 ・花ケ尾展望台下方付近(6合目) ・油坂観音側

石楠花平観音側 ・焼堂観音上部


G 御前山登山道整備 開発の始まり  

埋もれた聖観音像探し ・御前山登山道(参道)再整備

昭和50に長老から「昔、上村から御前山へ登る道があり、その道沿いに観音様があったと聞いている。
何とか探してほしい」と依頼を受けてから
35年間、埋もれた聖観音像探しと御前山登山道調査、整備作業
に取組んできました。観音様の安置場所も、参道跡もまったく不明の中、地形を見て昔の人の考えを想定
し位置を予測したり、昔の人が歩いたわずかな道跡や窪みを探りながら整備を進めました。人の丈より長
大笹原の刈払、密生した潅木の切り倒し、折重なった大量の風倒木の処理な障害物に阻まれ、悩まさ
れながら非常に困難を極めた作業となりました。
 長老から聞き及んだすべての石像を探し出し、百数十
年振りに御前山参道沿いに観音様の姿を見ることができるようになりました。   
 安全で楽しい登山
ができるように坂道に階段を造ったり、
景観の良い場所に展望台や憩いの広場づくり、樹木名札取付け、
大案内看板から小さな道標、看板取付け支柱作成運搬まですべて会員の手づくりで、安心して登山しやす
い整備作業
を行いました。


H 焼堂ケ原の遺跡  

御前山登山道9目付近一帯は焼堂ケ原と称す平地があって、ロマンと謎を秘めた七堂伽藍が整った寺院が
 あったと伝聞されています。現時点で、焼堂ケ原と称す平坦地は人の丈より高い大笹原に覆われ、何度か
 の調査探索も寺院らしき礎石の点在跡を見出すことができていません。今後の調査が楽しみです。


I 御前山登山道の世話役、会員のみなさまへ  

御前山登山道(参道)の整備、調査、維持管理など、会員の皆様の奉仕活動いつもご協力ありがとうござい
 ます。眠っている歴史、史跡、動植物の調査などを
継続して取組み、今後の活動を更に進め後々までも次
 世代へ伝えてまいります。


  皆様の安全で楽しい御前山登山を、会員一同歓迎しお待ちしております。
 また、少しでも地域の活性化のお役に立てればと期待しています。


J 御前山を愛する会「孤明塾」の由来   

  『自照孤明を列す』諏訪山大覚寺住職
 各人が自己の鏡を以って照らし見るべきであり、他人の力を借りて又、他人の指示によって見つけるもの
 ではない。
「有志者は自分の働きと言うものを常に探求し素直に見、実効する事が肝要である」

                  [上村区ふれあいの地域づくり 御前山を愛する会 孤明塾]


K 御前山上村ルート昔の観音様達  

   御前山頂上        頂上付近       9合目付近

 観世音尊像(織田信長指示)  猿の鼻観音(観音講中)    焼堂観音(観音講中)

永禄10年秋安置       安永412月日       安永211月日



  98合目中間点      8合目付近       87合目中間点

 笛吹き観音(観音講中)     石楠花観音           選場観音

安永211月日       慶應3        年号刻印無



  7合目付近        54合目中間点        4合目       

油坂観音         鷹巣岩観音         峠観音(谷ごぜん)    

弘化3年午正月日        文久3         年号刻印無    



  2合目          1合目

 傘松観音         白山地蔵

 弘化4丁未年正月日      安永36

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